事業承継計画書は、作った後で差がつく

「事業承継は、まだまだ先の話だよね」。経営者の方にお話を伺うと、よく返ってくる言葉です。そして事業承継計画書を作った会社でも、よくあるのが、作った後に誰も進捗を追わず、何も進まないというケースです。

私は、計画書が止まる理由は大きく三つあるのかなと思っています。一つ目は、親族に継ぐのか、社員に任せるのか、外に譲るのか、方針が決まらないまま日付だけを書いていること。二つ目は、事業・財務・税務を別々に考えていること。事業承継は、この三つをまとめて見たうえで決める必要があります。三つ目は、担当・期限・完了条件がなく、終わったかどうかを誰も判断できないことです。

この記事では、計画書に書く6つの記載項目と5年間の計画表を、記入例と無料テンプレートで紹介します。あわせて、計画書を毎月開くものにするための書き方をお伝えします。

事業承継計画と事業計画は、何が違うか

事業計画は、どの顧客に何を提供し、どのように売上・利益・資金を生むかを具体化します。事業承継計画は、その事業を誰が経営し、株式や権限、顧客との関係、技術をどう引き継ぐかを整理します。両者は別々に作って終えるものではありません。

たとえば後継者が新しい販路を開拓する方針なら、その投資資金だけでなく、既存事業を支える幹部の役割も必要です。株式取得や先代への退職金を予定するなら、承継後の運転資金と投資余力に反映します。会社の未来と引き継ぎの条件を、同じ前提で検討します。

私が二つを同じ前提で考えるようお伝えしているのは、承継の話が税金や株価から始まりがちだからです。株式をどう渡すかと同じくらい、渡した後の会社がどう稼ぎ、誰が判断するのかが大事です。

計画を書く前に、決まっていることを確かめる

株主名簿、決算・借入・保証の資料、主要契約を集め、社長が担う判断や顧客対応も棚卸しします。そのうえで先代の希望と後継候補の意思を別々に確認します。候補者の意思が未確認なら、就任日を先に確定させず、確認の場を計画に入れます。

先代に話を伺うときは、いきなり株価や引退の時期から聞くと答えにくいものです。私は、会社の歩みや強みの話から始め、数字や本音の話は後に回すようにしています。

資料が不足している項目は、仮定で埋めず「未確認」と記載します。確認先と期限を付ければ、未確認事項も作業に変えられます。方針がまだ決まっていない段階でも、計画書は書けます。決まっていないことを書き出し、決めるための場を計画に入れればよいのです。各専門家に違う数字や方針が渡らないよう、使用した資料の対象期・更新日を揃えます。

計画に記載したい六つの項目

次の表は、自社の計画を考えるための記入例です。役職変更や株式移転には、会社の決議、契約、税務等の確認が別途必要です。表を埋めるだけで必要な手続きが完了するわけではありません。

「後継者を育てる」「金融機関と相談する」といった大きな言葉は、完了したか判断できる仕事に分けます。株式の移転日だけでなく、引き継いだ後に経営が動く状態を記載します。

6つのうち後回しにされやすいのが「知恵と関係」です。値決めの考え方、主要な顧客や取引先とのつながり、技術のコツは、決算書には出てきません。株式の移転と同じ表に置き、誰がいつまでに引き継ぐかを書きます。

事業承継計画の記入例(6項目・仮の会社で作成)
項目記載する内容完了条件の例
承継の方針方法・担い手・残す価値・代替案本人の意思と検討条件を記録
事業の将来像収益源・投資・事業計画・資金繰り承継後の資金の見通しを共有
経営と組織権限・幹部・後継者の実務経験決裁範囲を合意し現場へ周知
株式と資産所有関係・移転方法・家族への配慮専門家と権利・税務の論点を確認
資金と保証取得・納税・退職金・借入保証金融機関へ条件と必要手順を確認
知恵と関係技術・値決め・顧客・取引先後継者と担当者が実務を再現

5年間の事業承継計画表(記入例)

6つの項目を書いたら、年ごとに何を進めるかを一つの表に並べます。役職の交代、株式の移転、金融機関との協議、顧客の引き継ぎを同じ表に置くと、どれが先に決まっていないと次に進めないかが見えてきます。

計画は作って終わりではありません。私がこれまで見てきた会社では、作った事業計画を使い続けていたのは2割程度でした。表は毎年見直す前提で書き、変わった前提は「年次の見直し」の欄に残します。

年ごとに並べると、何もしなかった場合に1年後・3年後・5年後に何が起きるかも見えてきます。私は、この先の姿を一緒に見ていただくことが、先代と後継者が当事者として動き出すきっかけになると考えています。次の表は仮の会社で作成した記入例です。年数や順序、役職は会社ごとに異なり、株式の移転や役員の変更には、会社の決議や税務・法務の確認が別途必要です。

5年間の事業承継計画表の記入例(仮の会社で作成)
項目1年目2年目3年目4年目5年目
先代の役職代表取締役代表取締役会長相談役退任
後継者の役職取締役 営業部長専務取締役代表取締役代表取締役代表取締役
承継の方針本人の意思を確認し、方針を合意幹部・家族へ方針を説明社内外へ交代を公表方針と前提を見直す次の5年の方針を話し合う
経営と組織後継者が営業部門の決裁を担当経営会議の進行を後継者が担う代表者交代・幹部の役割を再設定先代へ相談する条件を限定先代の関与を終える
株式と資産株主名簿・名義を確認し、評価の試算を専門家へ依頼移転方法と家族への配慮を検討合意した方法で移転を開始移転を継続所有関係の最終確認
資金と保証借入・担保・保証を一覧化金融機関へ承継方針を説明保証の扱いを金融機関と協議退職金・納税資金の準備を確認資金計画の最終確認
知恵と関係主要顧客へ同行・値決め基準を記録後継者が主担当、先代も同行後継者が単独で対応技術・ノウハウの記録を更新担当者へ引き継いだ内容を確認

時系列だけでなく、前後の依存関係を書く

株価の試算、資金調達、株式移転、役員変更などには、先に確認すべき条件があります。実行日から逆算し、誰の回答を待つのか、何が決まれば次へ進めるのかを記載します。一方で、現場同行や技術の記録など、並行して進められることもあります。

たとえば「主要顧客の窓口を移す」なら、先代と後継者の同行、担当幹部との情報共有、後継者による対応、結果の振り返りを段階に分けます。担当、期限、確認する人を定め、先代が関与する期間も合意します。

ただし、課題を細かく分けすぎて、管理表そのものが重くならないよう注意します。仕組みは重くするほど、行動は一歩進みにくくなります。最初は今年動かす課題に絞って始め、運用しながら足していく方が続きます。

  • 何をするか・担当者・期限・完了条件を一行で書く
  • 着手前に必要な合意・資料・審査を記載する
  • 未成立の場合の代替案と、見直す時期を決める
  • 業績や本人の意思が変わったときは、前提から更新する

税制の「特例承継計画」と混同しない

経営を引き継ぐための事業承継計画と、法人版事業承継税制の特例措置に関する特例承継計画は、目的と手続きが異なります。社内で承継計画を作成しただけで、税制上の提出や認定、申告が済むわけではありません。

納税猶予等の利用を検討する場合は、対象・期限・提出先・継続要件を税理士等と確認します。制度に合わせて経営方針を無理に固定せず、利用しない場合の資金負担や将来の売却・再編の可能性とも比較します。

事業承継計画を実行する月次の対話

定期的に先代・後継者・幹部で、完了したこと、止まっていること、今回決めたいことを確認します。遅れの理由が本人の経験不足なのか、権限がないのか、資金や手続きの問題なのかを分ければ、必要な支援が見えてきます。計画を更新するだけでなく、次回までに誰が何をするかを決めます。

計画書は、専門家が作って渡すだけでは動きにくいものです。外から提案された計画は、本人が考えていないぶん、実行されにくいと私は感じてきました。先代と後継者が自分の言葉で書き直した計画の方が続きます。

whymeは事業と人の両面から、承継後の経営と実行するチームを考えます。専門家向けのアトツギ・ナビでは、企業情報の整理、承継シナリオ、計画書・実行スケジュール等の作成を支援します。出力を完成形とせず、当事者の意思と最新の資料に照らして確認します。判断の材料をそろえることはツールにもできますが、最後に経営者の背中を押すのは、先代や後継者と日々向き合う人です。